ジゼルは口元を引き締めると、長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳で、眼前の扉を挑むように睨みつけた。
石畳の街路に一つ段差を置いて古びた扉が、北からの寒風に今にも負けそうな頼りない様子で佇んでいる。今日は特に風が強いから、殊更そう感じるのだろう。本人の生真面目な性格を反映するように、両耳の下できっちりと結ばれたおさげ髪が揺れ、緑色のワンピースの裾がバサバサと棚引いている。
(これで本当に大丈夫かしら)
元来負けん気が強く、しっかり者のジゼルではあったが、流石に全く未知の領域に踏み込むのでは怖気づくのも仕方がなかった。事前に調べようにも伝手がなく、何もかもが手探りの身支度をしてきてしまった。
簡素で厚手の生地とはいえ、こうも風に流れる衣裳では誤りだろうか。下履きは身に着けているが、そのくらいならいっそズボンにすればよかったのかもしれない。昔父の狩りに着いていった時の網込みブーツを引っ張り出してきたが、もっと頑丈な登山靴を買うべきだったのかも。
考えれば考えるほど不安が募り、ジゼルはじっと視線を落とした。
――冒険者の宿、虹の梺亭。
荒くれ者達の巣窟と噂のあるこういった場所に赴くことになるとは、想像もしていなかった。流れ者と蔑んでいたわけじゃないが、ほんの一月前まで何不自由ない伯爵令嬢であったジゼルにとって、話は聞くが見たことはない、ユニコーンやドラゴンと同じくらい不思議な存在だった。
家が破産し、莫大な借金を背負ったその日。
ジゼルは長く修練に励んできた魔術学院を退学し、冒険者になることを決めた。彼女が当たり前の様に享受してきた日々には、ジゼルが知ろうとしなかっただけで湯水のように財産を浪費するものだった。そして現実を知った今、膨らんだそれは最早まともな手段で返済できるものではなくなっていた。
その身を名も知らぬ汚い手に売り渡すか、危険な仕事に投じるか。人の自由を金で買えると信じる男の、汚らわしい下卑た笑みを思い出すと、今でも怒りで目の前が真っ赤に染まる。
ジゼルはぐっと首に力を込めて、再び視線を上げた。触れたことも無いこの汚れた木の扉の先にしか、己の未来はないのだ。尊厳を捨てることに比べれば、地べたを這う生活の何が苦しいというのだろう。
ほんの少し力を込めただけで、扉は軋んだ音をたてながらゆっくりと開いた。
CardWirthリプレイ:虹の梺の冒険者
エピソードLv1――虹の梺の宝物 店内は想像していたより明るく、清潔感がある。いきなり恐ろしい地下牢のような景色を見なくて済み、ジゼルはホッとした。
店内には数名の武装した若い男女がおり、彼らのつくテーブルの間を、山盛りの揚げ物を盆に載せた若い娘が縫うように歩いている。左手のカウンターの奥で、少し頭皮が薄くなった壮年の男性がグラスを磨いていたが、目敏くジゼルを見つけると「やあ、いらっしゃい」と朗らかに挨拶をした。
「こんにちは」
不思議と緊張を和らげる男の笑顔に、ジゼルは挨拶を返しながらカウンターへと近づいた。
亭主はジゼルの身なりをさりげない視線で確認すると、片手間のグラスを下げてジゼルに席を勧めた。
「お嬢さん、この宿は初めてだな。用件は依頼の申し込みであってるかい?」
「いいえ。私は冒険者になりに来たの。」
単刀直入に告げると、亭主は目を丸くしてジゼルを見た。無意識にドレスの襞に手が伸び、ぎゅっと堪えるように力を入れる。しかし、亭主はジゼルが危惧したような嘲笑を浮かべはしなかった。
「冒険者ってのは、実際には英雄的な活躍なんてしない、地味でヤクザな商売だ。今日の依頼だって、迷い猫探しに人足の手伝い、下水道の掃除しかないんだ。悪いことは言わん、ご両親が心配するだろうし、家へ帰ったほうがいいぞ。」
「家ならありませんし、両親に話は通っています。私は空想を追って虹の梺に来たのではありません。お金を稼ぎに来たんです。お願いします、どんな仕事でも一生懸命やりますから。」
「勘違いしているようだがね、お嬢さん。冒険者は身入りの良い商売じゃないぞ。一発当てる輩は稀だ。それこそ虹の根本を探し当てるくらいにな。」
亭主はじっとジゼルの瞳を見つめ、ジゼルも負けじと視線を返した。
やがて亭主は目を逸らすと、ジゼルの前に温かいミルク入りのカップを置いた。
「訳ありなのは分かったが、若い娘に薦められん職なのは確かだぞ。特技でもあるのか?」
「私は魔法が使えます。」
「それなら他に仕事もあるだろう?」
「……ありません、そんなもの。ここで働けなければ、私に待っているのは地獄だもの。」
ジゼルは此処に至るまでの屈辱の日々を思い返して、ぎゅっと固く瞼を閉じた。
人生が真っ逆さまに転落するという辛酸を、嫌というほど味わった悪夢の一月だった。
多くの薄情な人間が手のひらを返すように去り、多くの善良な人間が腫れものを扱うように離れていった。今まで彼女が築き上げて来たものが如何に頼りなく薄っぺらいものかを、それはそれは丁寧に教えられた心地だった。
そしてその極め付けは、借金まみれのジゼルに残された得体のしれぬ縁談話だ。
名前も素性も分からぬ男の遣いが、多額の金を積んで、ジゼルを寄越せと言う。婚姻と言えば耳障りはいいが、一連はまるきり人買いの手口だった。なるほど、落ちぶれたとはいえ伯爵令嬢なら幾らでも使い道はあるだろう。
ジゼルが不快感たっぷりに素気無く断ると、遣いの男は「後悔するぞ」と吐き捨てて去っていった。言葉の意味はすぐに分かった。借金を返すためにと探した働き口が、ジゼルの顔を見ると哀れむような顔で全て門戸を閉ざしたのである。
親兄弟は皆この苦境に絶望し打ちひしがれたが、ジゼルは不思議とそうではなかった。
多少は悲しみもしたが、それよりも細い糸のような繋がりを絆と信じ、幸福が続くことを疑わなかった過去の甘ったれた己を憎む気持ちのほうが強かった。
そして嵐の海の大波が如く、ジゼルという小舟を飲み込んで全てを藻屑に変えてしまおうとする運命のようなものに、最後まで屈しないのだと、その日のうちに決めていた。
「商人ギルドには皆圧力をかけられてしまったの。でも冒険者は自由な職業と聞いたわ。私、このまま他人に飼われたくなんてない。お願い、ここで働かせて!」
亭主はしばらく沈黙を通していたが、急にふっと笑うと「お前さんは敬語を使わんほうが生き生きしとるな」と言ってジゼルの前に一枚の用紙を取り出した。
「ここに必要なことを書き込んでくれ。依頼は掲示板に張ってあるが、最初は地道に配達やどぶ攫いから始めることだ。」
「……いいの?」
「何を言っておる。お前さんがやりたいと言ったんだろう。信用を得たければ言葉には責任を持つんだな。さあ名前を書いてくれ。空欄にされちゃ、自分の宿の冒険者のくせに何と呼べばいいのかわからん。」
ジゼルは込み上げてきた目頭の熱を必死に押し込んで、流暢な字でサインをした。
とりあえずは第一関門は突破したのだ。未だスタートラインに立っただけだが、その事実が何よりもジゼルを勇気づける。全てが新しいこの場所で、全てが新しく始まりを告げるのだ。
用紙を受け取った亭主は、簡単な経歴を眺めながらううんと不思議な唸り声を上げた。
「今日は奇妙なことが続く日だな。賢者の塔を退学した若者が、立て続けに二人も来るとは。」
「え?」 ジゼルは思わず訊き返した。
「ジゼルが来る半刻前にもな、身なりの良い元学生が冒険者になると押し掛けてきたんだ。今は二階にいるはずだが。…お、噂をすれば降りて来たな」
奥の階段からゆっくり足音が響いて、白くゆったりした長衣に身を包んだ長身の人影が現れた。
良く磨かれた銀食器のようにきらめくプラチナブロンドと、深いエメラルドに染まる湖面のように静かな碧眼の双眸。鼻筋は通り、細い唇が余裕たっぷりに弧を描く様も、何もかもが見知ったままだ。
ジゼルは椅子を蹴って立ち上がり、わなわなと震えながら悲鳴を上げた。
「変態! ストーカー! なんでウィンがここに居るの!?」
「あっは。ジゼルが辞めて面白そうな事始めるって風の噂で聞いたからさー、僕も辞めちゃった。」
「相変わらず何言ってるのかわからないし、そんなあっさり辞める意味がわからないし、なんで私よりさきに冒険者になってるのかわからない!」
「相変わらず理解力が乏しいなぁ君。さすが万年平均点だよね。」
「それは今言わなくてもいいでしょう!」
宿の亭主の視線が、二人の若者の間をきょろきょろと往復する。「なんだ、知り合いだったか」と呑気な感想を浮かべる彼に、ジゼルは「残念ながら!」と頭を抱えて唸り、ウィンと呼ばれた男はへらへらと楽しそうに笑った。そのやり取りは、短いがそれ故に、二人の力関係を一瞬で亭主に把握させ、彼はほう、と感心して顎をさすった。
「万年主席の僕にとっては学院の授業なんて簡単でつまんないし、なんかもうそろそろ飽きたなぁって思ってたんだよ。そしたら君、退屈な学校やめて面白そうな冒険者になるっていうじゃないか? 何それ一人だけずるいなあって思って、僕も冒険者になることにしたんだ。進路とか興味ないし。」
「こ、このダメ人間…」
腹の底からなんとかそれだけ絞り出すと、ジゼルは脱力して机にへたり込んだ。
昔から筋の通らぬ理屈で道理を曲げて自分の好き勝手に生きてきた元同級生だったが、その悪癖がここまで酷いものだとはジゼルも思わなかった。人の一大決心と誰もが哀れむ事情を知って尚「ずるい」だなんて感想が出てくるとは、怒りを通り越して諦めしか浮かばない。
「僕人見知りだしさぁ、折角だしパーティ組もうよジゼル。いいよね、僕強いよ。」
「知ってるわよ、でもあなたも私も魔術師でしょ。前衛がいなければ話にならないわ。」
「じゃあ君が今から剣士にでも転職してよ。そうすれば解決でしょ。名案名案。」
「できるか!」
折角の新天地だというのに、これでは学院時代と何も変わらないではないか。
ジゼルは頭を抱えて亭主に助けを求めたが、亭主は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。これだけ騒いでるなら注意をしてくれればいいのに、そしてそれを口実に抜け出したいのに、頼りにならない亭主である。
これは宿を変えるべきだろうかと真剣に検討を始めた時、二人のやり取りをにやついて見ていた客席の観衆の中から急に女が一人立ち上がりカウンターの方へと歩いてきた。
女はジゼルよりも拳一つぶん目線が高く、樫の若木のようにぴんと背筋を伸ばす様子は、陰ることを知らぬ晴天の陽光のように堂々としている。漆塗りの艶やかな黒髪を肩のあたりまで垂らし、青み掛かった美しい黒真珠の瞳は惜しげもなく真っ直ぐにジゼルを向いている。鼻立ちのくっきりとした華やかな美人だ。
無骨な金属鎧と、背負った身の丈ほどもある大振りの剣が、かえって余計に彼女の美しさを煽っている。
「賑やかで楽しいわねあなたたち。ね、前衛探してるなら私達と組もうよ。」
「アマリエ! お前また勝手に…」
女が微笑みを浮かべると同時に、その背後からこれまた鎧と長剣を備えた剣士風の男が慌てて近づいてきた。
こちらはまた、薔薇の騎士姫のような女の隣りに立つと霞んでしまいそうな、平凡な顔つきの男である。枯草のような薄い茶黄色の髪と、明るい空色の瞳。少し面長で、左目の泣き袋に小さな黒子は一つある以外、なんと形容詞をつけていいのか分からない。比較的爽やかな好青年としか言いようがなかった。
対照的な男女の二人に、ジゼルは言葉に迷い押し黙った。
「いいじゃないルイス。私達だって魔術師を探してたんだし。」
「やめとけ、灰汁が強すぎるだろ。お前はいつもそうだ、迷惑も考えろよ。」
なんだか馬鹿にされている。
ジゼルはついカチンときて、ルイスと呼ばれた青年を睨んだ。
「剣士は大歓迎よ。是非組みましょう。誰が灰汁の強い迷惑な女ですって?」
「え、あ、ち、違う。君のことじゃないんだ。頼むから早まるな!」
「ひゃっほーい! パーティ成立ね!」
ルイスが両手を前に突き出して、無罪を訴えるように首を降る隣で、アマリエは両手を上げて無邪気に喜んでいる。カウンターの中の亭主が、気の毒そうな目でジゼルを見た。
「災難だなぁジゼル。いきなり猛獣の毒牙にかかるとは。」
「も…猛獣?」
「あっは、やっぱ君ってほんとトラブルに恵まれてるねぇ。」
「どういうことなの?」
こぞって周囲から憐れまれ、ジゼルは慌てた。
亭主は苦笑いを浮かべて彼女の問いかけに答えた。
「そこのアマリエはな、とんでもない戦闘狂なんだよ。通称虹の梺のドラゴン女。一度血の匂いを嗅ぎつけたら手の付けられない、宿きっての暴れ者だ。」
「ええーっ!?」
「あら酷い。スリルとバトルをこよなく愛しているだけよ! 仲間に迷惑なんてかけないし、腕は立つんだからいいじゃない。」
「馬鹿言え。つい二日前に依頼の帰り道で妖魔の巣を見つけて、へとへとの状態でなんの得にもならんのに踏み込んでいったのはどこのどいつだ。それでパーティ解散されたんだろうが。」
「だってコボルトが斬られたそうにたむろっていたんだもの!」
「……あの、やっぱり今の話はなかったことには…」
「だーめ、契約を守らない冒険者は信用されないわよジゼルちゃん。」
想像以上の武勇伝に、ジゼルは眩暈を覚えた。
虹の梺に来たのは失敗だったのかもしれない。
これから世の中を舐めきった魔術師と、外見は美しいドラゴン剣士と一緒に冒険をするだなんて、自分はちゃんとやっていけるのだろうか。人畜無害な顔のルイスが今のところ唯一の救いである。
「さて、これでパーティの人数は五人になったわけだ。」
ウィンの言葉にジゼルは首を傾げた。
「五人? 今ここに居るのは五人でしょう?」
「いや、五人さ。」
薄く笑ったウィンが、すっと一番奥のテーブルを指さした。
そこにはいつの間にかフードを深く被った人影がグラスを傾けており、ウィンに指名されると嫌悪感を示すように暗紫の目を細めた。武器は外套の下に隠しているのか、一瞥しただけでは何者なのかわからない。
「……仕事が入った時に組むだけだ。群れる趣味はない。」
低く棘のある声が響いて、ジゼルはようやく彼が年上の男性であることを知った。
よく目を凝らして見続けなければ、すぐに見失ってしまいそうな気配の無い男である。まるで影のような不気味な印象を受けるが、ウィンが選ぶほどなのだから余程の技術者なのだろう。ウィンは馬鹿だが、自分の利益のためなら抜け目ない狡猾な男である。
五人もいれば十分かな。
ジゼルが納得しかけた時、急にバタンッと大きな音を立てて足音が駆け込んできた。
***
「虹の梺ってここですか!」
ぎょっとしてそちらを見ると、それは小柄な少女だった。中性的な容姿で少年かと迷ったが、次の瞬間に発した声が鈴を転がすように透明感のある綺麗なものだったのですぐに判別がついた。
焼き立ての赤煉瓦のような髪をばっさり短く切って、くりくりとしたトパースの瞳がきらきらと輝いている。年齢はジゼルよりも、二つか三つ下だろうか。
突然の闖入者に、アマリエとウィンは面白がるような視線を注ぎ、ルイスは不安げな表情を浮かべ、フードの男は不快そうに舌打ちをした。
「あ、ああ。そうだが…」
「あの、あたし冒険者になりたいんですけど、ここって冒険者の宿ですよね?」
「お嬢ちゃんが?」
亭主は目を瞬かせて、「今日は先客万来だな」と呟いた。
少女が大きく頷くと背中に背負っていた大弓と矢筒が揺れる。射手なのだろうと見当はついたが、こうも想像しい子では獲物に逃げられはしないのかと不安な気持ちになった。
「うん、クインタって言うの。ずっと森で暮らしてて、狩りとか弓とか得意です。この間はイノシシも仕留めたし、その前はえーと、鹿二頭だったかなぁ」
クインタは胸を張って亭主に応えた。
敬語と子供口調が入り乱れ、自信たっぷりな姿に、ますますジゼルは不安にかられた。
「えっと、冒険者って初めてなんですけど、最初に仲間探せばいいの?」
「あ、ああ。最初に登録してだな…」
ジゼルの時はあんなに突っぱねた亭主だが、クインタの勢いに押されて諫言の暇もなく登録用紙を差し出した。マイペースというか、人の話を聞かないというか、個性的な少女である。
クインタは覚束ない手つきでサインをすると、ひょいとジゼルを見つめた。
「ねえ、あなた冒険者?なんて名前?」
「あ、うん。今日からだけど一応。名前はジゼル・ロザ、」
「わあ一緒だね!」
急に水を向けられて戸惑いながら答えたジゼルの言葉を、クインンタは勢いよく遮った。
何やら嫌な予感がする。この宿に来てからすでに二回感じた嫌な予感が。
「あたしと仲間になってよジゼル!」
「ああほらやっぱり!」
ジゼルは思わず叫ぶと一歩下がって首を振った。
「もう仲間が五人もいるのよ、枠が一杯なの。残念だけれど…」
「隊列は六人まで組めるよ?」
「ウィン、ちょっと黙ってて!」
余計なことを言い始めたウィンをジゼルは叱った。
しかしウィンはにやりと笑ってこっそり耳打ちした。
「彼女の手、子供の肌じゃないよ。皮が捲れて、豆が潰れ、その痕が全部固くなってる。何千何万と弦を引かなければあんな手にはならない。」
「えっ」
つられてジゼルもクインタの両手を見た。それはまさしく手練れの狩人のそれである。第一印象のせいで観察を疎かにしていたが、ブーツも手袋も大弓もかなり使い込んであり、手首に巻いた包帯も医者がしたようにきちんと整っている。
ジゼルはクインタを侮った自分を恥じた。
「……そう、そうね。仲間が多いに越したことはないわね。」
ジゼルはあっさりと了承した。
多少ワガママなきらいはあるが、明るく素直な少女の同行者がいるのはジゼルにとってもありがたいことだ。アマリエの破天荒な噂を聞いてしまった今、パーティ内に女性が彼女と二人きりというのは恐ろしいものがある。
ところがジゼルが了承すると、奥のフードの人影が音も無く立ち上がった。
「……そいつが入るなら俺は抜ける。」
「えーっ なんで!?」
「そんな騒々しい奴がいて、仕事ができるものか。」
毒を含んだテノールが吐き捨てると、クインタは顔を真っ赤にして声を荒げた。
「あたしにだってできるよ!鹿も猪も百発百中なんだから、ゴブリンやコボルトだって!」
「無理だ。」
取りつく島もない冷たい言葉に、少女の目には涙が溜まり始めた。
ジゼルは慌ててクインタに寄り添い、その肩に手を乗せた。
「待って、えーと…あ、ごめんなさい。まだ名前を聞いてなかったわ。」
「……ジャック。」
「そう、ジャック。彼女が実際に弓引く姿を見ずに判断するのは、早計だと思うわ。ねえ、こうしない? 私達、今日組んだばかりでお互いの事を何もしらない人もいる。だからこの六人で一度依頼を受けて見て、その結果を待って判断するの。」
ジャックは何か言いたげに目を細めたが、結局何も言わずに引き下がった。
ジゼルがクインタの頭を撫でると、少女は小さく頷き、視線を投げると二人の剣士もそれぞれに了承の意を示した。ウィンは言わずもがな、にやにやした笑みを貼り付けたまま事の成り行きを見守っている。
「ねえ亭主さん。何か依頼はないかしら?」
「親父と呼んでくれ、ジゼル。皆そう呼ぶ。」
そういうと彼は奥に引っ込み、一枚の張り紙を取り出してきた。
「騒ぎが収まったら張り出そうと思ってたんだが、そういうことならまあな。初仕事には向かないが、六人もいるしドラゴンと手綱もいるなら間違いは起こらんだろう。」
「親父、俺を手綱と呼ぶのはやめてくれ。」 ルイスが抗議の声を挙げた。アマリエは高らかな笑い声をあげている。
青年は嫌そうな顔をしたが、ジゼルは内心で「なるほど」と納得した。二人の関係をこれ以上なくぴったり言い表している気がしたからだ。短期間でもそう思うのだから、親父から見れば言わずもがなだ。
「へえ、ゴブリン退治?」
いつの間にかウィンが張り紙を受け取って、その内容を精査していた。
「町はずれの農家からの依頼でね。洞窟にゴブリンが棲み付いたんで退治してほしいんだとさ。まぁ、ありがちな仕事だな。腕試しにはちょうどいいだろう。」
「親父、報酬は?」
「600spだ。ちょいと安いがな。半日もあれば片付くだろうからそれほど悪くないと思うが?」
尋ねたルイスは「まあまあだな」と顎に手を当てた。
金銭感覚が未だ貴族時代から抜け切れぬジゼルには、その金額がどの程度妥当なのかわからなかった。けれど具体的な額を示されるといよいよ仕事が始まるのだと感じて、胸が勝手にドキドキし始めるのを、咳払いで誤魔化さなければならなかった。
「そうね、受けましょう。皆、異論はある?」
問いかけに一番に反応したのはアマリエだった。
「ないない!ゴブリン斬り放題なんて素敵じゃない!」
「こいつのことは気にするな。俺は問題ないぞ。」
咄嗟にアマリエの口を押えたルイスが笑いながら答えた。
深く突っ込まない方がいいだろうと考え、ジゼルはジャックを見た。
「ジャックは大丈夫?」
「そいつが足を引っ張らなければ簡単だろう。」
「ひ、引っ張ったりしない! 今に見てろよっ!」
クインタは涙目でジャックを睨みつけた。
もう二人の険悪さは、この仕事を終えるまでは進みも戻りもしないだろう。
最後にウィンをみると気障なウィンクを一つ返して了承する様が腹立たしく、ジゼルは冷たい目で見返して親父に受諾の手続きを申し込んだ。
「一度リューンによって準備をして、その後直接洞窟へ向かおうと思うわ。」
「ああ、しっかりな。危ないと思ったら逃げ帰ってきていい。なによりも命を大事にすることだ。」
ジゼルは深く首肯して、全員に向き直った。

「私達はこれから背中を預け合う仲間同士よ。改めて自己紹介しましょう。私の名前はジゼル・ロザリタ・バンクロフト。魔術と神聖術が使えるわ。」
ドレスの裾を摘まんで、ジゼルは一礼した。
「私はアマリエ・ドルンフェルダー。戦闘なら全部私に任せちゃって。物理的にぶった切れる相手なら怖いものなしよ。」
「お前が恐ろしいわ。俺はルイス・ガントラム。アマリエとは馴染みで、本当は神聖騎士団に入るつもりが何故か冒険者やってる。剣の腕には自信がある。」
アマリエとルイスが次いで紹介すると、目元をぬぐうクインタが口を開いた。
「あたし、クインタ。弓の腕と森の中なら、絶対だれにも負けないから。」
最期の言葉尻は明らかにジャックに向けて放たれたものだった。
ジャックは気にも止めず、簡素に言葉を述べる。
「ジャックだ。大抵の暗器と簡易な魔術は修得している。」
最後にウィンが両手を広げ、カーテンコールの舞台役者のように大仰におじきをした。
「僕はウィンター・ピアース・ウィットン。気軽にウィンと呼んでくれ。ウィットンの名を聞いたことのある者もいるだろうが、僕は既に実家から出た身だからどうぞ気後れなく。」
厭味ったらしい言葉も、何故かウィンが喋るとすんなりと得心できた。
続けてウィンは人好きのする笑みを浮かべ、全員の顔を見渡した。
「実は素敵なパーティの呼称を思いついてね。『エクスカベータ』を名乗るのはどうだろう。」
「穴掘り人?」
「そうさ。ここは虹の梺、僕らは皆そこへ宝を求めてやってきた。宝とは、ある者にとっては金、ある者には自由、また冒険、名誉、夢。それぞれに思う名前があるだろう。けれど皆同じように、この場所に宝を求めてやってきた。」
一呼吸置いて、役者は観客を引きこむように笑みを深くした。
「僕たちはここに、虹の根に埋まる宝を掘りに来たんだ。そうだろう、エクスカベータ。最初の一掘りで岩盤に当たり砕け散るか、それとも運よく柔らかい土に当たり掘り進めるか、それは今日の仕事で決まる。最善を尽くそうじゃないか。」
彼には一流の詐欺師か、役者の才能がある。ジゼルは心の底からそう思った。
いつのまにかこの場の空気がウィンの演説に呑み込まれ、誰もが無意識に心の中にわくわする気持ちを抱えていた。エクスカベータ。一度呟くと、その単語は静かにジゼルの心に沁み込んでいった。
「異論はなさそうだ。それじゃ、最初の号令を頼むよリーダー。」
「…え、私?」
無意識に聞き惚れていたジゼルは、突然肩を叩かれて飛び上がった。
ここまで扇動したのだから、てっきりウィンがこのパーティを率いると思っていたのだ。
「僕は人を煽るのは得意なんだけどねぇ、人望を得るのって苦手なんだよね。面倒くさいしさ。」
「だからってなんで私に押し付けるのよ。」
「君を信頼してるんだよジゼル!図書室の片付けから便所掃除に実験室の戸棚管理、君は人の嫌がる仕事だって何でもやってくれるからねぇ、これ以上適任はいないと思うな。」
「あなたがサボるからでしょう、好きでやってたわけじゃないわ。」
「あたしもジゼルがいいな。ジゼル優しいから。」
「クインタまで…。」
「そっちの奴にリーダー任せたら、全部ペースに巻き込まれそうでちょっと怖いしなぁ。」
「ル、ルイス…」
「私も賛成、ジゼルちゃんって話しやすいし。」
「どうせ今回限りだ、誰でもいい。」
理不尽なことに、誰からも反対意見はでなかった。最後に親父にも目を向けたが、薄情者の彼はあっさりと目線を逸らしじゃがいもの皮をむき始めた。
どうにも逃げ場がないと悟り肩を落としたジゼルをウィンが軽薄な笑顔で称賛し、話が落ち着いた頃に「エクスカベータ」は宿の扉をくぐり、記念すべき最初の依頼の地へと向かった。
***
取得スキル・アイテム:
ジゼル【癒身の報】/ウィン【魔法の矢】/クインタ【盗賊の眼】
ジャック【眠りの雲】/アマリエ【傷薬】【薙ぎ倒し】/ルイス【傷薬】
***
洞窟の前に到着すると、一匹のゴブリンが周囲を見張っていた。
ジゼル達は茂みの隙間から様子をうかがっていたが、張り切ったクインタが弓を番えるより先にジャックが眠りの雲を放ち、さっさと仕留めてしまった。クインタは恨みがましそうな目でジャックを睨み、ジャックはそれを完全に無視しており、ジゼルは二人を宥めようと苦心しては失敗した。
「もう放っておけよ、そのうちなんとかなるんじゃないか。」
ルイスはジゼルの苦労を見かねて、そう声を掛けてくれた。
「俺が見るに、きっかけさえありゃ大丈夫だと思うぜあいつら。」
「あんなに仲が悪いのに?」
「クインタは素直だから、好意を貰えば好意、悪意を向けられれば悪意を返してるだけだ。仕事を成功させて、ジャックが少しでもクインタを認めれば全部上手くいくさ。」
「でも、本当にジャックは認めるかしら。」
「根暗で解りにくいけど、ジャックはあれで実力者はきちんと評価するタイプだぜ。ウィンが誘った時も俺は遠目で見てたんだけどな。どうみてもウィンは苦手な分類だろうに、ジャックはあいつの実力を認めて組むことを了承したんだよ。」
「そうだったの。」
ジゼルは先を往くジャックの後姿を観察した。
口数は少なく、いつも陰気な顔をして周囲から孤立している。一体何が彼を形成しているのだろうと、ジゼルは不思議に思った。
***
三叉路に差し掛かったあたりで、一行は徘徊するゴブリンとコボルトの衛兵らと出くわした。
敵と見るや否や、アマリエが剣を抜いて跳びかかり、その迫力に敵味方問わず全員が一瞬ひるんだほどだ。まさしく戦闘狂の名を冠するに相応しい、凄まじい暴れっぷりだった。
「ヒャッホォオオオイ!」
「この馬鹿、静かにやれ!」
ルイスの叫びも虚しくアマリエは止まらなかったが、即座にジャックが三匹を眠らせ、アマリエとジゼルがゴブリン一匹、ルイスとクインタでコボルトを一匹、ウィンの魔法が別のコボルトを仕留め極めて短時間で決着がついた。
実際に妖魔を相手にするのは初めてのことでそれなりに恐ろしくはあったが、味方にもっと恐ろしい人物がいたために思ったより落ち着いている自分がいてジゼルは微妙な気分になった。
「あら?」
戦闘後に汗をぬぐい周囲を警戒していると、ジゼルの耳にふと、地鳴りのような音が届いた。
「どうしたのジゼル。」
「東の通路から、地鳴りのような音が聞こえるわ。」
全員が習って東へ耳を傾けると、確かになにやら低い音が断続的に響いていた。
これは、いびきだろうか?
「眠っている奴がいるのかなぁ。先に仕留めておく?」
「そうね…。悪いけど、不要な戦闘を避けるためにも仕方ないわね。」
ジゼル達は足取りを東に変え、慎重に進んでいった。
やがて突き当りまで進むと、そこには小山ほどもありそうな緑の巨体が寝そべり、鼓膜が破れそうになるほど大きないびきを立てながら微かに天辺が膨らんだり縮んだりしているのだった。
「な、なにこれ」
「ボブゴブリンだな。熟睡しているらしい。」
ジゼルは目を白黒させて、小山を見つめた。どうやら小山と思っていたのはゴブリンの腹で、無防備にも仰向けに寝っ転がっているようだ。
アマリエは嬉々として剣を抜き、ボブゴブリンに近寄った。
「いいか、物音を立てるなよ。一撃でやるんだぞ。絶対に起こすなよ。」
「大丈夫大丈夫、まっかせて!」
ルイスが心配そうに静かな声音で小言を漏らすが、アマリエは堂々と頭部に回り込むと、一刀でその首を撥ねてしまった。汚い緑の血がべちゃりと跳ねたが、彼女はそれを恍惚した熱視線で見つめ「あー楽しー」と呟くのでぞっとした。
どうか、どうか、彼女の欲望の矛先が人間に向きませんように。そう祈らずにはいられない。
「思ったより平気そうだね、ジゼルはお嬢様なのに、こういうの平気なの?」
「今のところはアマリエのほうが怖いから。クインタは小さいのに大丈夫?」
クインタはジゼルの問いかけにカラカラと笑い声を挙げ首を振った。
「生き物の死には慣れてるよ。あたし自分で、狩った動物を解体するから。」
「ええ!?」
「それが森の生き方だもん。」
世間に慣れてこそいないが、この年下の少女は見た目よりもずっとタフな精神力を持つようだった。
この中で足を引っ張るとしたら、それはきっと自分だろう。ジゼルは確信して密かに消沈した。
「もっと喚くかと思っていたが」
冷や水を浴びせるような声が聞こえて、クインタはムッとした顔で振り返った。
ジャックは顔を背けたままだが、彼の言であるのは明らかだった。
「このくらいで根を上げるような柔じゃないよ」
攻撃的な返事をされたら、心行くまで反論するつもりだったのだろう。クインタは身構えたが、それに反してジャックは冷静に「そうらしいな」と言い、さっさと立ち去ってしまった。
クインタは拍子抜けした顔で「あ、うん」と口をもごつかせると、困ったような顔でジゼルを見上げる。だがジゼルにしても、ジャックの態度の理由がわからず、上手く説明できない。
ひょっとしたら彼もクインタの手練を見て、意見を改めたのかもしれない。そう推測は出来たが、如何せん表情を浮かべない鉄面皮相手には断言することはできなかった。
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一行はまた慎重な足取りで来た道を戻り、次は三叉路北へと向かった。
洞窟の中の空気は冷え切っており、ごつごつした岩肌に足音が響かないよう、また濡れた石床で滑らないよう、一歩一歩に注意を払う必要があった。天井から水滴が落ちる音に何度も驚かされ、物音がするたびにそれが他愛無い虫や蝙蝠の羽音なのか、緑の妖魔がどこかに潜んでいるのかと身を固くしなければならなかった。
ウィンは泰然自若で、アマリエとルイスは荒事に慣れ、ジャックは何事にも動じず、クインタも大男顔負けの度胸がある。びくついているのが自分だけのように感じて、ジゼルは歩くたびになんだか自分が情けなくなっていった。
途中でも再び衛兵を見つけたが、血に酔いだしたアマリエがまた突撃し一悶着起こった。
ルイスは何度もジゼルに謝り「とりあえず仲間は今んとこ襲ってないから」と釈明をしたが、枕詞の「とりあえず」が恐ろしくてジゼルは曖昧に笑うことしかできなかった。
「西の方がちょっと騒がしいねぇ。そろそろ集団に出くわすかも。」
ウィンがぽっかりと開いた暗い穴の奥を見つめながら、飄々とした態度を仕舞って呟いた。今までは数匹だったから怪我もなく対処はできたが、多くなればやはり危険は大きくなる。
ジゼルは仲間の様子を確認し怪我や疲労がないことを丁寧に見届けると、隊列を組んで穴の奥へと歩を進めた。
穴の奥には多くのコボルトとゴブリン、そして黒いボロ布を纏い杖を掲げたゴブリンがいて、踏み込んできた冒険者達を見て慌てふためいていた。どうやらここまで慎重に進んできたことが功を奏し、奇襲に成功したらしい。
「ゴブリンシャーマンか。あいつが統率者だな。」
冷たく言い放ったジャックが眠りの魔法を使うが、手元が狂ったのかそれは数匹のコボルトを眠らせるだけに終わった。
「チッ」
「いいえ、十分よ。皆、ゴブリンシャーマンの魔法に気を付けて!」
アマリエとルイスがゴブリンを一体挟み撃ちにし、クインタが残っていたコボルトを矢で牽制した。
態勢が悪いのかウィンは敵の太刀筋を見切ることに専念していたが、乱闘の中でゴブリンシャーマンの唱えた魔術が態勢を崩したジャックに直撃をした。
「ジャック!」
クインタの悲鳴が上がり、事に気付いたジゼルはジャックに駆け寄って癒身を施す。怪我はそれほど深くはなかったが、何故か数m先にいたクインタは怒りの表情を浮かべてゴブリンシャーマンに矢を放った。
「クインタ、ジャックは無事だから冷静に。まずは周囲から…」
「あいつの魔法は強力だよ!先に倒した方が楽!」
どうみても私怨が籠っているように聞こえたが、ルイスが最後のゴブリンに掌破を食らわせると、残りは有象無象のコボルトばかりだった。何故ここまでクインタが怒るのか疑問はあるが、今は戦況を制するほうが先である。ジゼルの号令で全員がシャーマンに攻撃をしかけると、数回攻防が続いて、それからあっさりとローブは地に伏した。
手早く残りのコボルトを片付けてしまうと、洞窟の内部には既に妖魔の気配はなかった。
ひとまず依頼は達成できたようだと胸をなでおろし、ジゼルは残りの問題に目を向ける。ちょうど、岩場に腰を下ろしていたジャックに、クインタが静かな足取りで近寄っていくところだった。
「ジャック。さっきの事だけど」
クインタの声は固く、ジゼルはまた止めに入る必要があるかと身構えた。
しかしクインタは一つ息を吸うと、今までの確執を忘れたかのように明るく笑った。
「ありがとう。」
戸惑ったのはジゼルだけでなく、ジャックも同じだった。
「何がだ。」
「さっき、本当は避けられたのに、あたしが後ろにいたから避けないでくれたでしょ。」
「自意識過剰なんじゃないか。回避に失敗しただけだ。」
「一瞬あたしのほう見た。絶対見た。ねえ、なんで助けてくれたの?」
ジャックは眉間に皺を浮かべて、不機嫌そうに口ごもった。その仕草が本当に嫌悪感を纏っていたので、傍から見ていたジゼルも、クインタが偶然を勘違いして解釈したのではと思ったほどだ。
「あの場面で射手に倒れられたら、形勢が不利になる。」
「それって、あたしがいてよかったってこと? ねえジャック、あたしの腕どうだった?」
クインタは誇らしげに弓を見せつけた。
ジャックは暫く無言を貫いたあと、ぼそりと小声で「まあ…悪くないんじゃないか」と観念したように言い、それを聞いたクインタは飛び跳ねて喜んだ。
ルイスの言う通り、こちらが気を揉まなくても、どうやら二人には二人にしかわからない事情で和解したらしい。
微笑ましげにそれを眺めていると、いつの間にか見覚えのない杖を持って、ウィンが隣りに立っていた。
「ウィン、どうしたのよそれ」
「奥の部屋の宝箱にあった。賢者の杖だよ、中々の貴重品だ。それからこれも。」
片手に乗る小さな皮袋の中身は、ぎっしり詰まった銀貨だった。200spはあるだろうか?
ほくほくした顔で自慢をするウィンに、ジゼルは呆れた。
「一人で行動するなんて。」
「妖魔なんてもういやしないよ。さあほら、リーダー。お腹減ったしそろそろ帰ろうよ。号令よろしく。」
調子のいい発言に溜息が止まらなかった。
気付けばエクスカベータの全員の視線が、ジゼルへと向いている。こんなの向いてないんだけどな、と心の中で弁明しながら、ジゼルは笑った。
「さあ、日が暮れないうちに帰りましょう!」
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宿に帰ると、ジゼル達の姿を一目見た親父は目元を綻ばせ、「最初の一掘りは上手くいったらしいな。」と言って人数分のエールを出してくれた。
まだまだ各々が胸の内で望む宝物にはたどり着けてないが、掘り人達は思い思いに喜びを抱え、今一晩、祝杯の美酒に酔いしれた。
――エクスカベータ。
虹の梺から、一つの長い冒険の旅が始まる。
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参照シナリオ:『ゴブリンの洞窟』groupAsk様
購入品元:『交易都市リューン』groupAsk様
誰もが最初に通る道。この依頼を成功させてやっと冒険者になった実感がわきます。
言わずと知れた不朽の名作。